· 

『俺の話は長い』#4 田原宗次郎

 ONEPIECEの作者尾田栄一郎先生は、毎週連載の締め切りに追われている。しかし締め切りを過ぎたとしても焦らず、担当編集者からの電話に出ないなんてことは当たり前のことらしい。毎週クオリティの高い作品を提供するためには必要な時間なのである。

 日本人女性ラッパー、練馬のビヨンセことちゃんみな氏にとって、作詞作曲活動とは自分の感情や考えを言語化し、納得のいく表現を見つけるとても繊細な活動である。そこにビジネスは存在せず、締め切りというものを嫌うらしい。

 

 そして僕、田原宗次郎は3月6日今日、このI will … を書き始めた。提出締め切りは2月28日。彼らのように締め切りに遅れても許されるような才能も特別な理由もない。

 

 2月はそれなりに忙しく、まとまった時間が取れなかったわけではない。普通に友人と麻雀を打った時間もある。

 3月1日から3月5日は青春18きっぷで東北一人旅をしていた。この一人旅の電車の中やホテルなど、I will…を仕上げる時間はあったが、東北地方の雄大な自然はI will…の存在を忘れさせてくれるほど素晴らしいものであった。

 

 僕はもとより締切や集合時間には厳格で、それらにルーズな人に待たされる側の人間である。ましてや僕は去年までこのI will…を更新するために先輩方にしつこくリマインドしてきた側の人間である。

 そんな人間がI will…を締切が過ぎても書き出せなかったのは、先輩方のように人の心を動かすことができるような内容を書く自信が無かったからである。就活期に自分の強みを知るためのツールを使用したが、影響力が皆無だったことを思い出した。

 

 これを読んでいる人の心を揺さぶるような、影響力のある文章は書けないかもしれないが、自分がサッカーを通して感じたことをここで整理し、2度と自分のサッカー人生を振り返らないようにするためにもI will…を書きたい。

 

 予め言っておくと、僕の話は長い。とても長い。

 興味がある人は、コーヒーでも飲みながら時間に余裕をもって読んでみてください。

 

 さて前置きが随分と長くなっているが、もう少しだけ東北一人旅の話を聞いてほしい。   

 

    *************************************

 

 ご存じの方も多いと思うが、青春18きっぷとは12,050円支払えば、5日間JRの在来線が乗り放題というお得な切符である。

 僕の青春18きっぷ東北一人旅の予定は、

 

1日目東京ー宇都宮

2日目宇都宮ー宮城

3日目宮城ー岩手ー青森

4日目青森ー秋田

5日目秋田ー山形ー東京

 

 ざっくりこんな感じのプランだった。

 途中までは順調だったのだが、小牛田(宮城県)ー盛岡間の電車が強風の影響で止まってしまったのである。

 缶詰め状態の電車の中でその後の計画を修正しようとしたが、どう考えても青森に寄っていては5日目で東京に帰ってこれないことがわかった。

 青森には行けないという事実から、悔しさが込み上げてきて、僕はこう思いました。 

 

「栃木でレンタカー借りてまで那須高原に行かなければよかった」

「もっと余裕を持った計画を立てていれば青森に行けたのではないか」

と。

 

 そう後悔していると、東北一人旅に限らず、”その瞬間は全力を尽くしていたとしても、より良い選択肢があったことを後になって知る”といった類の経験を繰り返している気がした。

 

  ****************************************

 

 少し昔の話になる。

 高校時代、僕は部の主将を務めさせてもらった。監督に主将やれと言われたときは断ろうと思った。自分には人を先導する素質がない自信があったからである。

 だから僕より主将に向いていると思った1人を主将にたて、自分は副主将でもやろうという陰謀を企てた。だがその陰謀も実らず、結局主将を務めることになった。

 家族や旧友には驚かれた(というより笑われた)。

 

 それからは、どのようなサッカー、チームを目指すか、それをどうチームに浸透させるか、どう部員をモチベートするか、隅に隠れている部員とはどうコミュニケーションをとるか、自分が模範にならなければ、学校の先生との付き合い方、等々多くのことを自分なりに考えた。

 これらの経験は難しかった分学ぶものが多く楽しめたのだが、1つ苦しかったことがある。

 

 それはチームが高校総体予選の準々決勝で負けた6月頃、20人いた同期のうち17人が引退し、選手権まで続ける3年生が3人しか残らなかったことである(部の歴史を遡っても珍しいことだったと記憶している)。

 

 多くは大学受験に専念するために引退したのだと思う。もちろん全員に続けてほしいと思っていた。

 けれどそれは彼らなりに考えて決断したことであり、人それぞれ考えも違うと割り切って、直接一人ひとりと向き合って話すような場を設けることもしなかった。

 

 いや、続けてほしいという期待を押し付けることで友人から嫌われることを避け、自分を守っただけなのかもしれない。

 

 向き合って話す場を設けることなく、17人の引退を見送った当時を振り返ってみて、”あのとき一人ひとりともっと向き合っていれば、結果はどう変わったのかな”と少し後悔している。

 

 **************************************

 

 次は最近の話になる。

「話なげーよ」

と思われたそこのあなた、一度読む体勢を変えてみてはいかがしょう。背伸びでもして、リラックスして読んでください。これが僕のスタイルなのです。

 

 さて、もう1つ最近の話。

 

 大学サッカーを通して、僕のプレースタイルは大きく変わった。具体的に言うと、「誰よりも走らず、前の方でプレーする」スタイルから「誰よりも走り、対人守備を得意とする」スタイルに変化した。

 

 結果的に後者のプレースタイルにシフトチェンジしたことが功を奏して、かろうじて最後まで試合に出場することができた。前者のプレースタイルのままでは、ベンチ外にいたことだろう。

 そう今考えてみるとこのシフトチェンジは正解だった。しかしこのシフトチェンジは狙って行ったものではなく、偶発的に起きたものだった。

 

 2020年1月〜2月頃、チームはフィジカル・アジリティトレーニングをメインに練習していた。僕は中高とひたすら走るようなフィジカルトレーニングを経験せず、大の苦手であり、アジリティトレーニングに関しては”意味あるのかな?”くらいに思っていた。

 

 それでも”チームで決めた方針だしやってみるか”くらいの気持ちではあったが、学生コーチの話からトレーニングの意義と意識すべき要点を押さえ、取り組んだ。

 コロナ禍で活動自粛になった約半年間も近所の公園で地味なアジリティトレーニングをコツコツ続けた。

 

 そして活動自粛が明けてチーム練習が始まったときには、自粛前よりも驚くほどスムーズに身体を動かせるようになっていて、それが対人守備に繋がり、「誰よりも走り、対人守備を得意とする」スタイルが確立されていった。

 

 結局このプレースタイルは、偶然当時のチームがフィジカル・アジリティトレーニングを中心に行う方針であり、偶然自分がそのトレーニングにハマったといういくつかの事象が積み重なってできた偶然の産物である。

 スタイルが確立されて、振り返ってはじめてアジリティトレーニングの意義を知った。取り組んでいる最中はその意義を見出せていなかった。

 

 **************************************

 

 東北一人旅、高校サッカー、大学サッカーで同じような経験をした。これらに共通していることは、

 

“自分の今の行動の是非なんてものは、結果が出てから、振り返ることでしか分からないということ”

 

 青森に辿り着けなかったのは、那須高原の素晴らしい景色を見に行ってしまったから。

 

 高校サッカー、17人の同期が引退してしまったのは、間違った考え方をしていたから。

もしくはあの陰謀が失敗に終わり、自分が主将を引き受けてしまったから。

 

 大学サッカーで最後まで試合に出ることができたのは、コツコツとアジリティトレーニングに取り組んだから。

 

 特にサッカーという競技は不確実性の高い競技で、何が正解かは曖昧である。格下だと思っていたチームに負けることもあり、その逆も然り。

 単純に選手の能力値の足し算で勝敗が決まるのなら、東京都立大学は武蔵大学には勝てない。それでも勝ててしまうのがサッカーは正解がないと言われる理由の一つだ。

 

 正解がなく曖昧であるのなら、今は頭や口ばかり動かすのではなく、正解だと思ったことを早く行動に移す必要がある。

 

 行動し、振り返って答え合わせをし、改善する。この時間をかけて改善を重ね、正解に近づける方法は真面目な東京都立大学の何よりの強みだ。僕たちは賢いわけでも才能があるわけでもない。

 

 部内で必死に行動を起こす者に対して、否定的になってはいけない。決してムイテイナイ、イミナイ、ムダムダと後ろ指を指してはいけない。そんなことはYouTubeのコメント欄に任せておけばいい。

 

 毎日地味な改善を重ね、毎日最善を尽くしたとしても、振り返ってみると悲惨な結果に終わっていることもあるけれど、改善を重ねてきたプロセスだけは必ず残る。そこだけは誇ってもいいと思う。

 

 **************************************

 

 僕の長く拙い文章では、伝えたいことがよくわからなかったという方もいると思う。

 なので最後に恩師のいつかの言葉を一部引用させていただくことにする。

 

 “君たちがサッカーをすると決めたその瞬間から勝負が始まった。(中略)その勝負の日々の積み重ねというのは、今日1日の結果だけでは決して表せられない。積み重ねてきた時間はものすごく大きな君たちの財産です”

 

 僕が数千字かけて言いたかったことはこれだと思う。

 

 今までサッカーを通して関わり、支援してくださった方々、ありがとうございました。

 人に恵まれました。本当に幸せです。

 

コメントをお書きください

コメント: 6
  • #1

    もりた (月曜日, 28 3月 2022 22:53)

    長い。

  • #2

    エモト (月曜日, 28 3月 2022)

    サウナ後の一服にちょうど良かったです フー

  • #3

    たはら (火曜日, 29 3月 2022 00:19)

    ここにコメントする人あんまおらんよ?

  • #4

    ナカジマ (火曜日, 29 3月 2022 01:27)

    素敵な文章でした

  • #5

    ヨシヨシ (火曜日, 29 3月 2022 13:46)

    大学サッカーってなんか良いよな。

  • #6

    オオツキ (火曜日, 29 3月 2022 13:52)

    "宗次郎" だな